ぶっだがぶった

仏教から脳科学 トレードのことからサラリーマン勤続20年超えからニートを目指して行くことなど、脈絡もなく更新してまいります。

死ぬのが怖い!助けてという思いは仏教と瞑想で楽になった

こんにちわwanです。

本日もTwitterで頂いたお題を書いていきます。

 

テーマは死生観

 

自分は死ぬのが怖いと思うことは結構ある。特に布団に入り寝る前とか

いつか死ぬ 必ず死ぬ あの人もこの人も皆死ぬ

死んだらどうなるの無になるの?嫌だ

こういう考えのループ始まります。そして寝れなくなる

 

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20代の時には死ぬことなんて考えたことも無かった。30代も同様に

しかし40代半ばに差し掛かり母親と兄を看取りやはり人は死ぬのだと現実感が湧いてきた。

自分も後30年もしたら死ぬのだ・・と

 

ホリエモンも死についての恐怖を強く抱いている

 

 ホリエモンの著書 ゼロより引用

突然気がついた

「僕は、死ぬんだ」

人はみな死んでしまう。お父さんもお母さんも、いつか死ぬ。そして僕も、死んでしまうんだ。この世から消えていなくなってしまうんだ・・!

あたりの景色が暗転したような、猛烈な恐怖に襲われた。

気がつくとその場にうずくまり、うなり声を上げながら頭を抱えていた。

僕は死ぬんだ。消えてなくなるんだ。

死んだらどうなるんだ、僕はどうすればいいんだ!嫌だ、嫌だ、死にたくない。

この日の帰り道以来、僕の脳裏から死の恐怖が消えることは一度もなかった。

 

 

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく

 

 

 

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Bライフの寝太郎さんもそうだ

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表面上は人に見せないようにしていても死の恐怖に怯えている人は少なくない

というか死の恐怖は普段は忘れていてもふとした瞬間に襲ってきて

しかも中々逃してくれないので困ったものである。

 

ホリエモンは自らを忙しくして死の恐怖が入り込んでくる時間をなくしているそうだ

 

自分は仏教と瞑想を学んだ

仏教では答えのない問いには悩まないという教えがある。

 

 

死ぬのが嫌だというのは、それは太陽に明日昇らないでという行為に等しい。

やはりおかしいことに執着している。

 

しかし頭で考えないように言い聞かしてもやはり浮かんでくる

(暇だから余計なことを考えていると言ってもいい)

 

仏教と瞑想はそれらの問題を解決してくれた。

そもそも死が怖いのは私(自我)が存在しているからだ。

ならば私(自我)が存在しなければいい

瞑想を実践していくと私(自我)が消えていく自動思考が消えていく

 

瞑想がうまくいっている時には「ああ今日死んでもいいな」というくらいに心が安定してくる。

 

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常に気づきの瞑想を入れていく そうして死の恐怖を克服するようになった。

 

良く死ぬ前に後悔する25の事とかあるけれども

それらの事を実践できていたとしてもやはり死ぬ前には後悔すると思う

なぜならそれは脳の自動思考でしかないからだ。

 

瞑想で常に心を整えて必ず来る死を迎える。それこそが後悔の無い生き方

 

 

死後の世界はあるかどうか?結論は無いしあるとも言える

死後の世界とは脳が最後に見せる幻覚と理解している

死の瞬間が永遠に感じられれば幻覚と言えどそれは間違いなく死後の世界でしょう

 

心が欲望にまみれたまま死の瞬間を迎えればそれは永遠に苦しみ

心を綺麗にして死を迎えれば穏やかな世界が待っている。

そう思っています。 

 

 

悟るというのは性格が完成することです。

 

地位も名誉も財産も家族も持っていくことは出来ません

しかし自分の心は最後まで持っていけます。

 

日々瞑想して心を整えているのはそういう理由からでもあるのです。

ほなっ!

 

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